僕のパチンコ依存症

僕のパチンコ依存症
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32歳 飲食店アルバイト 独身 吉村雄一(仮)

吉村雄一

ゲームが好きだった幼少期

今日は。僕のリアルなパチンコ依存症のお話をします。僕は小学校の頃、スーパーファミコンが好きでした。マリオカート、がんばれゴエモン、ストリートファイター、コントラスピリッツなど、言い出したらキリがないですよね。(笑)

一般的な普通の家庭に育ったと思います。小学校、中学校、高校と卒業しました。高校を卒業して公務員専門学校に行きましたが、希望の職には就けませんでした。学科である一次試験は合格したのですが、二次試験でなかなか上手くいかずそのまま公務員になれないままでした。専門学校を卒業してアルバイトをしながら就職を模索していたのですが…。やはり倍率が高く僕にはムリでした。

挫折と言えば挫折ですが、親にもとても残念な思いをさせてしまいました。

フリーターになりパチンコを経験

専門学校を卒業してからは、アルバイトに明け暮れました。自分で時給を稼ぐことを覚え、実家住まいだったのですが家にもお金を入れました。自分の事は自分でできる。そう思えました。それからは学生時代の仲間たちと遊んだりもしましたが、当時の仲間がハマっていたのがパチンコでした。仲間と4人くらいでノリ打ち(お金を出し合って勝ったお金も負けたお金も折半)をするようになります。

そこから僕はパチンコが好きになり、極めたら勝てると信じ込んだのです。パチンコは釘を見て回転数(ボーダー)をチェック。パチスロは設定看破が基本です。それからはのめり込むように毎日パチンコ・パチスロの事ばかり考えるようになりました。もちろん親には言っていません。母親から「朝から何するの?」と聞かれても、「パチンコ行ってくる」とは言えるもんではありません。(親はパチンコしないので)

ノリ打ちでは勝っても負けてもグループ内での精算でしたので、お金には困る事はありませんでした。アルバイトの給料もそこそこ高かったので。

自分一人でパチンコ屋に行くようになる

一時期、パチンコの調子が絶好調の時がありました。一番すごかったのは花の慶次斬でオスイチ(お座り1回転目)確変から34連チャン。次の日は初代牙狼で1000円でマカチャン27連チャン。当時は継続率80%のハイスペック機が全盛期でしたね。もちろん勝ったお金は乗り打ち仲間と折半です。しかし、仲間が負け続け、僕の勝ち分は数万円程度しかない時期が続きました。これが自分一人だと…と考えるたびに、イライラしてくるようになります。

そして僕は乗り打ちグループを抜けることを決意。仲間に「アルバイトが忙しくなってきた」と嘘をつき、自分一人でパチプロを目指すようになりました。

しかし自分一人で行くようになってからは、なぜか全く勝てない日が続きます。アルバイトとノリ打ちで貯めていた30万円が、10日間で無くなってしまったのでした。

悔しくて何度もパチンコを繰り返すように…

悔しい…悔しい…悔しすぎる…。

毎日パチンコが終わってから家に帰り、ベッドの中でうずくまりました。だんだんアルバイトに行く気も無くなりました。というよりも、アルバイトよりもパチンコで稼いだ方が楽だと思ったからです。アルバイトに行っても嫌いな上司と仕事をしないといけません。しかしパチンコでは好きな台を打てますので、やっている間はストレスを感じません。

ただ、負けてしまうと家に帰ってから自暴自棄になります。これが目に見えないストレスとなり、生活は徐々に乱れていきました。負けた事に納得いかず、日々パチンコ屋やパチスロ台を研究しました。毎日毎日地元のパチンコホールに通い、悔しさを紛らわせるために勉強しました。何度も何度も繰り返して同じパチンコ・パチスロ台を打つようになりました。

それでも勝つ事はありませんでした。

次第にアルバイト先に行くことすら面倒に感じてしまいます。そして2年続けたアルバイトをやめる事にしたんです。

本気でパチプロを目指すために消費者金融で軍資金を

とうとう僕はアルバイトを完全に辞める事にしました。そして軍資金は…。

消費者金融です。

人生で初めて消費者金融を利用したのがこの頃でした。当時仲が良かったアルバイト先の先輩が教えてくれました。無人契約機まで付いてきてくれて、色々と裏技を教えてくれたんです。

辞めた後でもアルバイト先の職場確認(在籍確認)が使えるとのことで、先輩にお願いしました。そして収入証明も出してくれたので、その書類で僕はなんと消費者金融から20万円も借り入れができるようになりました。

返済は毎月1回、しかも数千円でOKということだったので、凄く楽に感じました。元アルバイト先の先輩も消費者金融から借り入れをしているという事で安心感もあったのでしょう。これで本気でパチプロを目指す為に消費者金融で軍資金をゲットです。

パチプロの現実は厳しかった

なんとか20万円の軍資金で稼げるようにと、僕は本気でパチプロになったのでした。しかし現実は甘くありませんでした。当時はパチスロは新鬼武者が全盛期でした。しかし設定6を打っても負ける日もあり、なんだかんだで1カ月も持ちませんでした。それからたくさんの消費者金融で借り入れと返済を繰り返したりして食いつないでいました。

来る日も来る日もパチンコ・パチスロの事が頭から離れませんでした。まさに、これがパチンコ依存症だったのかと思うと悲しくなります。もう数年前のお話ですが、パチンコ依存症になった僕は今でも毎日P-WORLDを観ています。

膨らんだ借金は200万円を超え、債務整理を3年前にしました。

それでもずっとパチンコがしたい、パチスロを打ちたい…。

そう思っています。

今では1円パチンコ、5円スロットが普及しました。

中には0.5円パチンコや、20銭・10銭パチンコまでもあります。

2円スロット、1円スロットもあります。

ですから僕みたいなパチンコ依存症でも、気軽にパチンコを打てる環境にあるのです。

僕はパチンコを恨んでいません。依存症になりましたが、楽しい青春を与えてくれたのもパチンコなんです。

公務員にも向いていない、パチプロにも向いていないということが、ここ10年の人生で分かったような気がしています。

みなさんも「パチンコ依存症で悩む」のではなく、「自分はパチプロには向いていない」という考え方で人生を楽しんでいきましょうよ。

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